訃報 ネルソン・マンデラ氏 - 南アフリカ元大統領

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
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ネルソン・マンデラさん(1998年)(CC-by-3.0-BR)
1992年、当時のデクラーク大統領と会談するマンデラさん(右)(CC-by-sa-2.0)

【2013年12月6日】

NHK NEWS webによると、南アフリカ共和国アパルトヘイト(人種隔離政策)の廃絶を指導したネルソン・マンデラ元大統領が現地12月5日午後8:50に死去したと、ズマ大統領が発表した。95歳。

NHK NEWS webによると、ズマ大統領はテレビを通して「彼(マンデラ氏)は安らかに眠りについた。自由を求める彼の不断の闘いは世界の尊敬を集めた。いつかはこの日が来ることを分かってはいたが、この大きな喪失感が消えることはない」と表明した。そのうえで、国民全体で哀悼の意を表すため、マンデラ氏の大統領を国葬にするほか、12月6日以後半旗の掲揚をするように国民に呼びかけている。

日経電子版によると、マンデラ氏は1918年に同国ケープ州に生まれ、大学を中退後、黒人政治組織の「アフリカ民族会議」に参加してアパルトヘイト反対運動を指揮。しかし1962年に白人政権に逮捕され、終身刑(無期懲役)の判決を受けるが「白人至上主義と闘い、黒人至上主義と闘う。必要なら命をささげる」と獄中からアパルトヘイトの廃絶をまさに「命懸け」で訴え続けた。それほどまでに過酷な状況であったマンデラ氏の闘いは1990年にデクラーク元大統領によって牢獄から釈放された事により風向きが変わってくる。釈放後、マンデラ氏はアフリカ民族会議議長に就任することとなる。就任後は南アフリカ共和国の平和的民主化を推進し、1993年にデクラーク氏とともにノーベル平和賞を受賞。1994年、南アフリカ共和国建国後初めて開催された全人種直接投票の選挙で大統領に選ばれ、肌の色の異なる人種が共存する「虹色の国」づくりに貢献した。しかしここ最近は肺の病気を患い、入退院を繰り返し続けていた。

毎日jpによると、アメリカ合衆国オバマ大統領は、声明をホワイトハウスにて表明した。オバマ大統領はマンデラ氏について「最も大きな影響力と勇気を持ち、この地球上の誰もが共有する深くよき人間性を備えた人物を失った」とマンデラ氏の人格について述べ、そのうえでマンデラ氏の足跡を自らの青年時代と重ね合わせ「私の最初の政治的行動はアパルトヘイトに反対することだった。彼(マンデラ氏)が、刑務所から釈放された日、人間は恐怖ではなく、希望に導かれることで、何事かをなすのだと感じた」とオバマ大統領はマンデラ氏から受けた影響を述べた。さらにはイギリスキャメロン首相もマンデラ氏の訃報について声明を表明した。キャメロン首相はマンデラ氏を「世界の偉大な光が逝った。我々の時代におけるそびえたつ偉人で、生きてはもちろん、死してなお伝説である。真の世界的な英雄だった」と語り、世界に与えた貢献を称えマンデラ氏の死を悼んだ。

情報源[編集]