桂宮宜仁親王がご薨去

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中央の椅子にいらっしゃるのが幼少期の桂宮親王(櫻菊会「皇室のお寫眞」1951、PD

【2014年6月8日】

宮内庁は6月8日、皇族の桂宮宜仁(かつらのみや・よしひと)親王が66歳でご薨去(こうきょ)された[注釈 1]と発表した[1][2]

桂宮親王は、昭和天皇の弟[注釈 2]三笠宮崇仁(みかさのみや・たかひと)親王の次男。今上天皇のいとこにあたる[1][3]

宮内庁の発表では、桂宮親王は8日朝に呼吸が弱くなるなどして、午前9時過ぎに東京都文京区にある東京大学附属病院に救急車によって搬送された。搬送時には既に心肺停止状態で、蘇生措置を受けていたが、午前10時55分に急性心不全によりご薨去された[3]

病院には両親である三笠宮親王夫妻が駆けつけ、最期を看取った[3]。桂宮家は親王が独身であったため断絶となる[1]。また、兄である寛仁(ともひと)親王[注釈 3]は2012年6月、弟の高円宮憲仁(たかまどのみや・のりひと)親王は2002年11月に亡くなっており、三笠宮家の子息は3人ともご薨去されたことになる[1]

桂宮親王は宮家を創設した1988年に急性硬膜下血腫で倒れ、以降は車椅子で生活。3年半のリハビリを経てご公務に復帰なされた。1994年から2008年までは秋田県で開催される桂宮杯全日本学生水上スキー選手権大会を名誉総裁としてご観戦になられたほか、北海道で開催の宮様スキー大会にご参加するなど、スポーツなどにも精力的にご参加なされていた。最近は皇族として表舞台に姿を見せることは多くなかったが、元側近らは「明るくざっくばらん」「質素だった」と桂宮親王の人柄を偲んだ[4]。ご公務においては車椅子に乗った姿であったことから「車いすの宮さま」とも呼ばれていた[5]

移送された桂宮親王のご遺体が安置された東京都千代田区の桂宮邸には天皇・皇后のほか、皇太子夫妻ら皇族、安倍晋三首相らが弔問に訪れた[6]

葬儀の本葬に当たる斂葬の儀(れんそうのぎ)は6月17日に東京都文京区の豊島岡墓地で執り行われる。葬儀の一連に関しては三笠宮家の宮葬として国費で行われる[7]

注釈[編集]

情報源での「亡くなった」「逝去」は「ご薨去された」と文中では言い換えています。

  1. 親王などの皇族に対して用いられる尊敬語表現。崩御に詳しい。
  2. 情報源No.3のNHKのみに記載
  3. 寬仁親王家に属するため。寛仁親王に詳しい。

情報源[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 『桂宮殿下、薨去 66歳』産経新聞、2014年6月8日。
  2. 『天皇陛下のいとこ、桂宮さまがご逝去』読売新聞、2014年6月9日。
  3. 3.0 3.1 3.2 『天皇陛下のいとこ 桂宮さま ご逝去』NHK、2014年6月8日。
  4. 『桂宮さま逝去 元側近ら、飾らぬ人柄しのぶ 札幌・宮様スキー大会に出席も』北海道新聞、2014年6月8日。
  5. 『「車いすの宮さま」人々に勇気 桂宮さまご逝去』読売新聞、2014年6月10日。
  6. 『天皇、皇后両陛下が桂宮邸を弔問』読売新聞、2014年6月8日。
  7. 『<桂宮さま逝去>「斂葬の儀」は17日 豊島岡墓地で』毎日新聞、2014年6月9日。