ウィキニュース・トーク:削除依頼中の記事/ニュージーランド2005年総選挙結果確定 労働党が勝利

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
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ドイツとほぼ同じみたいです:

En Wikipedia
New Zealand Parliament
"If a party wins more electorate seats than it would be entitled to proportionally, the size of Parliament is increased by the number of these so-called "overhang MPs" until the next election. This first occurred in the 2005 election."

いれたほうがいいですかね。--Aphaia 2005年10月1日 (土) 07:57 (UTC)

http://www.toonippo.co.jp/news_hyakka/hyakka2005/0916_4.html

こんなのも。リストから人が入っていない小政党があるので、そこで超過議席が出たのではないでしょうか。--Aphaia 2005年10月1日 (土) 08:14 (UTC)

過去ログ[編集]

事態の経過[編集]

原題:「謝罪」

Aphaia様、ウィキニュース投稿者の皆様

「ニュージーランド2005年総選挙結果確定 労働党が勝利」(現ウィキニュース:削除依頼中の記事/ニュージーランド2005年総選挙結果確定 労働党が勝利)の2005年10月1日 (土) 07:54の版において、不適切な編集がありましたので、この記事の主たる著者であるAphaia様にお詫び申し上げます。ならびにご迷惑をおかけしましたウィキニュース投稿者の皆様にも合わせてお詫びいたします。

この編集にあたりまして、「議席定数は120だが変動がある。」との記述にあたり、あるサイトを根拠としましたので、「参考文献」としてタイトル、サイト発行者、原著作者と思われる表記とともに、リンクを貼りました。しかしながら、このページは、第一情報源ではなく、原著作者のページからのコピーであると思われること、それが合法的なコピーである根拠がないこと、さらに、このページが報道機関のようなよく知られた団体のサイトでなく情報の信頼性が不明であることから、参照とし、リンクを貼るのに適当なページではありませんでした。合わせて、このような重大な変更を行ったにもかかわらず、他の査読者の意見を求めることもなく公開中タグを貼って公開しましたが、それも適切ではありませんでした。

このサイトにリンクを貼った経緯は次のようです。最初は、関連記事ニュージーランド総選挙、2大党伯仲の各党の数字と、この記事の各党の数字の合計が合致しないことからおかしいと思ったことからいろいろな情報を探すうち、定数、議席数とするものに120から122までゆれがあることに気づきました。その理由を説明する情報を探したところ、件のサイトのみ見つかりました。そこで「議席定数は120だが変動がある。」と記事に記載しましたが、典拠が必要だと思い、ページ末尾にそのページの原著作者と思われる表示がありましたので、そのサイトを探しましたが、同じ記述のページは見つかりませんでした。そこで、迷いつつもこのページを参考文献としてリンクしました。以上が経緯です。

その3分後に、Aphaia様がこのページに英語版ウィキペディアでこれに関する情報を見つけてくださったことも考え合わせ、全くの軽率な行為であったと、反省しております。今後行動を改め、同様の行為を行わないようにいたします。-- [Café] [Album] 2005年10月5日 (水) 07:17 (UTC)

整理[編集]

詳細な報告をありがとうございます。私も少し言葉が過ぎたかもしれません。また自分の思想信条・性的し好とやや相容れないものを読まざるをえないという状況から、少し過敏な反応になったかもしれません。そのことをおわびします。

また、幸いなことに、記載された事実は誤っているというわけではないので、読者の方への影響や信用の問題はそれほど大きなものではなかったように思います。CraneBBさんのドラフトである倫理規定では虚報の場合、お詫びを出すということになっていますが、今回の場合はそこまでしなくてもよいだろうと思います。一方で、公開を少しおくらせておけば、公開後の削除/書き直しということは今回の場合避けえたことなので、それは残念なことだと思います。とはいえ、すでに一度公開したものを出したり入れたいrということは執筆者だけでなく、読者の方にも混乱を招くでしょうから、できるだけ少ないほうがいいのじゃないかと思います。英語版はわりとそういうことを気にしないようですが、日本語の読者というのは必ずしもそうじゃないんじゃないかと思います。

さて、いくつかの要素が絡まっていることなので、再発防止のためには、個々の要素を取り出して検討する必要があるように思います。すでに一部は赤提灯で取り上げていますが、っさんの説明に沿う限りでは、以下の要素があるように思います。抜けがあるようでしたらご指摘ください。

  1. 出典の問題
    1. 妥当性、信頼性の問題(情報が正しいかどうか、信頼してよいのかどうかなど)
      1. 第一次資料ではないこと
        • 適法性との関係(資料自体が著作権違反である虞)
        • 情報の信頼性の問題(引用元の情報の取り扱いが適切かどうか、判断する材料がとぼしくなる、後述の出典の性格の問題とも関連)
      2. 出典の性格の問題
        • ブログからの引用であること(関連する議論:赤提灯・過去ログ2)
        • その団体の本来の活動目的と違う分野の情報であること
  2. 査読の問題(赤提灯参照)
    1. 新資料による加筆後、ただちに公開したこと
    2. 判断に迷いがあったにもかかわらず公開したこと
  3. その他:執筆倫理の問題(「他に資料がないので使う」)

ほかにもお気づきのことがありましたら、ご指摘ください。

どれもほぼ慣例として確立しつつあることのようですが、一方できちんとした文書化はされていないことのように思います。出典については少なくともふたつの文書が触れていますが、内容に踏み込んだ記述ではなく「第一次資料を使う」ということ以上の記述はしていないような。あとのことは個人的なドラフトの域を出ていないか、そもそも文字にはならない慣習のような気がします。

検討の方向としては、個別に切り分けて検討したうえで、なんらかのガイドラインに反映していくのがよいと思います。その際必ずしも個々の点それぞれを文書化するのでなく、一部は既存のものを増補し、一部はいくつかの点をまとめて書くというのでもいいように思います。JAWPでよくあるような、編集の上で気をつけることを短い文書にまとめたようなものでも有益なのではないかと思います。簡単ですが、ひとまず。--Aphaia 2005年10月6日 (木) 01:24 (UTC)



以下は発言順序の組み換えを行っています。

総論[編集]

すみません、いろいろとご迷惑をおかけしました。-- [Café] [Album] 2005年10月7日 (金) 04:30 (UTC)
あやまるのは、この辺で打ち止めということで;-) わたしのほうこそ、まとまった形で最初から申し上げることができれば、もう少し互いに事態の把握が楽だったかなと反省しています。どうもすぐに的確な表現がみつからないところがあるようで。ご迷惑おかけしています。
形式的なことからいきましょう。まず上のほうの時間がたっているやりとりはログ化ないし白紙化して、っさんの長文あたりから残して、下にそれぞれの論点をセクションわけして、話をすすめたらどうかと思います。場合によっては、赤提灯ですでにはじまっている議論を一部ここにひきとってもいいかなと思います。たぶんケーススタディーに基づいて包括的な議論を行うページとして残したほうが、場所を分散させるよりいいのじゃないかと思います。いかがでしょうか。
その場合、上の、「出典」「査読」「倫理」の3項を切ってそれぞれについて検討を進めていくのがいいのじゃないかと思います。同意がいただければ、上のご発言もそれに組み替えて適時移動させると話がなだらかに進むかなと思います。Aph.2005年10月7日 (金) 05:37 (UTC)

組み換えをおこないました。って明示に許可ないような気がいましてきました。。まずかったら戻してください。--Aphaia 2005年10月8日 (土) 03:18 (UTC)

出典[編集]

  1. 出典については、
    1. 一次資料が望ましいが、APのように一次資料が公開されていない(ですよね?)ところがあることを考えると、正規に供給を受けている二次資料でも仕方がないと思っています。また、Yahoo newsなども使うべきでないけれど、時事だったかな?...思い出せないのですが、一次資料のweb上の掲載期間が短いサイトの場合には、仕方がないかなと。またじゃかるた新聞のように、毎日URLが変わる場合にも、もし信頼できる二次資料があれば(いちど毎日に複写されていたことがあります)その方が扱いやすいかなとも思っています。
    2. サイトの信頼性に関して言えば、それがニュースソースであれば、サイトの信頼性に応じた引き方をすることを配慮しながら、それを扱うべきだと思います。そうでない、例えば今回のような百科辞典的な内容だったり、ニュースソースとは関係のないサイトだったりするならば、信頼性によっては扱うべきでないと考えます。しかし、どこら辺で線を引くべきか、難しいですね。-- [Café] [Album] 2005年10月7日 (金) 04:30 (UTC)
APは一度サイトをみにいったことがあるのですが、なんだか複雑なサイトでした。。そしてっさんもいわれるように、どうも登録制みたいな感じでした(有料の)。一部のコンテンツはみられるようですが、ほしいものが必ず見られるというわけではないように思いました。一方、APの素材を使っているところはずいぶん多く、ときには複数のサイトで同一の文章をみることがあります。そのような場合は、そのままAPといってしまっていいんじゃないかとも思います。全体にニュースサイトでソース=APとあれば、それはAPの配信のままを流しているようです。とはいえ、微妙な訂正や誤記などが入る場合もあるようなので、二次情報源であるメディアをいれるにこしたことないのかもしれません。これはAPだけでなく、AFPやDPA-NAPA、Xinhuaといった大手通信社すべてにいえることかと思います。
そして、一次情報源(これについては別に考えていることがあります。後述します)がアクセス可能なら、それを探したほうがいいというのは同意です。同じく新聞のニュースはYahooニュースからとるより(リンク切れなどもおこりますし)、その新聞サイトで確認するほうがよいように思います。これには異論もあるとは思いますが(どちらでも同じものがでているなら、どちらでもいいというような)、私としては大元がアクセス可能ならそこから取るのがよいと思っています。
一方で、ニュースというのは第三者の行動をつたえるものです。企業とか官公庁とか人物とか。そこで、そうしたニュースの中心になる主体が出した情報を提供するようなばあい、本来の意味での情報源というのはそうしたニュースの出来事の行為者であり目撃者であるだろうと思います。それをつきつめていくと独自の取材になるわけですが、マスコミがあたった情報がわれわれにもアクセス可能なら、それをあたったほうがいいだろうと思います。これは典型的な例は、っさんがたんねんにやっておられる台風情報だと思います。マスコミを経由するのではなくて、気象庁なりNOAAなりといったところのデータから書くという執筆態度ですね。すこし脇が甘くなって、そうしたところがあまり配慮がいきとどかなくなると、それはそれで問題だろうと思います。プレスリリースのようなものがないかどうか、だめもとでもあたる習慣をつけていくべきだろうと。日本だとなかなか難しいものはありますが、気象庁はすでにオンラインで情報を公開していますし、また企業もかなりのところがオンラインでプレスリリースを公開するようになっています。信頼できるマスコミによることで満足するというのではなく、そうした「一次情報」を追うこと、さらに百科事典的なもので地名などは確認とっていくというのが大事だろうと思います。ごくまれにですが、そうした大手マスコミで固有名詞が間違っているということが起こることもあります。--Aphaia 2005年10月7日 (金) 05:37 (UTC)
同意です。あと、出典として扱うべきサイトと、そうでないサイトを、区別しますか? たとえば、APや共同から配信を受けている新聞社はいいが、そうでない新聞社はだめ、とか。-- [Café] [Album] 2005年10月8日 (土) 03:01 (UTC)
これは、孫引きの場合に限ってのご質問でしょうか。それとも出典一般についての話でしょうか。確認です。--Aphaia 2005年10月13日 (木) 07:43 (UTC)
出典一般です。例えば、こないだのNPOのサイトの場合には、サイトへのリンクを確認しました。そう言う作業も必要な場合があるかなと。-- [Café] [Album] 2005年10月13日 (木) 08:27 (UTC)

インデント戻します。わかりました。そのあたりは難しいですね。逆に問題があるからとりあげるという場合もあるので。寄付のような自己言及(一応紹介しているだけだ、無保証だという言い方はありますが、それは社会的責任として問題があるでしょう)の紹介と、第三者についての言述の紹介はわけて考えるほうがいいように思います。自己言及は一般にもっともソースに近いという利点と、中立的ではない(もしくは、ありえない)という欠点があるといえるでしょう。それは、どのような場合でも注意して扱うに足る情報だと思います。

「一次情報(当事者としての言及、プレスリリースなど)」と「二次情報」(報道機関による事件の報道など)にわけて考えるとよいのかもしれません。きちんとした機関と思われているところで虚偽の情報が出て問題になることもあるので、ここなら絶対に確実ということはたぶんないのでしょう。そしてマスコミや国際機関にもそれぞれ固有の観点(POV)があります。なので、比較的信用していい情報と避けるほうがいい情報があって、前者でもNPOVに適うように、適時他の情報とあわせたりする必要があるのだろうと思います。

そのような留保をつけた上で、比較的安心してつかえるのは

  • 国連専門機関、政府、公益団体などの発表する情報、データ
  • 企業、業界団体(公益団体に多くは含まれますね)の発表する情報
  • NPO団体などのうち、活動実態の明らかなもの、または立場が判明なもの
  • 実績と定評のある大手マスコミ:新聞、TV局、通信社など
  • 個人のウェブログ、ただし、実名と連絡先が提示されており、可能ならば、活動の場所が明らかになっていること

ほぼ下にいくほど注意が必要だと思います。政府は自分自身のことについて発表するにはかなりお手盛りなこともありますが^^; しかし一番情報を握っている団体であることは間違いないので、それを避けるのは意味がないでしょう。そしてどの場合でも、なるべく誰がいったのかを明示することが情報の正確さとNPOVの両方から望ましいだろうと思います(省略していい場合もあるとは思いますが、権威ないし実績のある団体がその情報を発表したということ自体に、情報としての価値がある場合もあると思います)。--Aphaia 2005年10月16日 (日) 12:38 (UTC)

de:Wikinews:Quellenに簡潔にまとめたものがありました。ここは、Wikipediaも使うなとしています(厳しいなあ。。まあ、百科事典的なことは「誰でも知っていること」としてニュースソースとは別個に扱うということなのかな)。どうも私はくどいようで、このようにすっきりまとめたほうがわかりやすいのかなと思います。公的書類・報道・通信社の3つとしていますね。反対に孫引きの二次資料は「よくない出典」としています。実際の運用を見ているとAP孫引きなどは散見するので、報道機関が通信社のものをそのまま配信するのは認めるというかと。--Aphaia 2005年10月18日 (火) 04:15 (UTC)

査読[編集]

  1. 査読については、当面ウィキニュース:赤提灯#公開中タグへの切り替えで議論するのいいでしょうか。-- [Café] [Album] 2005年10月7日 (金) 04:30 (UTC)
上に書いたようなわけで、赤提灯の議論と再編成して、ここでやってはどうかなと思います。逆に赤提灯にもっていってもいいです。ですが、ケーススタディーとすれば、ここでやるのが自然でしょうか。--Aphaia 2005年10月7日 (金) 05:37 (UTC)
提灯にここへの誘導を書いた上で、ここで議論することに賛成です。(っさん)

というわけでもってきました。Aph.


査読中の段階で、新規に追加した資料にもとづいて加筆しそのまま公開される方が散見されますが、査読プロセスをいれている意味を失うように思います。新たな資料を加えた場合には、その資料の妥当性のチェックも必要だと考えます。

査読とは本来だめだしであって、通常の査読プロセスでは、査読で出た指摘でもともとの著者が書き換えを行い、訂正された原稿がさらにもう一度査読をうけ、公開するかどうかが決まります。加筆を行った段階でその人は純粋な差読者ではありません。

語句の訂正や表現の推敲のレベルはともかく、新たに資料を追加した場合に、そのまま公開フェーズにいれることは望ましくないと考えました。これはテンプレートで案内している「自分で書いたものをそのまま公開しない」にあてはまる行為ではないかと思います。

そこで2点提案があります。

  • 新たな資料を付け加えて加筆した執筆者は、ほかのひとの編集が入らない状態で、査読中から公開中にかえることをしない。
  • 埋め込みのテンプレートに、できればこのことを簡潔につけくわえる(文面案:「他の人のチェックを経ずに自分で投稿したものを公開中にするのは避けてください。査読中のものに新たに出典を追加した場合も同様です。」)

後者は、きちんとドキュメントで案内をすればなくてもよいかもしれません。ご意見をお願いします。--Aphaia 2005年10月2日 (日) 18:17 (UTC)

確かにそうだと思います。同じ資料に基づいていてもある程度以上の加筆を行った場合も同じかと思います。一方、英語版では自分で最初から{{Publish}}が貼れるようになっています。英語版の実際の運用はどうなっているのですか?-- [Café] [Album] 2005年10月2日 (日) 23:16 (UTC)
あまり詳しくありませんが。英語版では簡単に公開するかわり、公開中のものを書き換えることも公開中から執筆中に戻すこともかなり頻繁におこなわれているようですね。ですので、ときどき虚報や著しくPOVなものが公開されることもあるようです。全体としては微々たるものでしょうが。
英語版のように書いてすぐ出せるようにすることで、投稿もあるいは少しは増えるかも知れませんが、誤りのある記事や著作権侵害を含む記事が公開される率もその分増えます。そういうものが公開されるリスクを気にしないというのはひとつのかんがえかたですが、私はあまり賛成できないと個人的には考えています。--Aphaia 2005年10月3日 (月) 21:09 (UTC)
査読者が誤字の訂正程度の修正以上のことをする場合には、公開タグを貼らない、というルールは、必要なんじゃないかなと思います。
それから、前から考えていたのですが、査読はしたけれど、もう少し他の人の意見も聞きたい、というときの意思表示の仕方は、どうしましょうね。-- [Café] [Album] 2005年10月8日 (土) 03:01 (UTC)
「査読者が誤字の訂正程度の修正以上のことをする場合には、公開タグを貼らない」というのは、同感です。これは早期に文章化できるといいですね。
「査読はしたけれど、もう少し」というのは私も気になってました。誤字の訂正などした場合には、目は通した、整理中をはって止めるほどでもない、が自分では公開中にするほどふみきりがつかないということもなんとなく伝わるかなと思いますが、とりたてて手を入れることのない場合、微妙ですね。MediaWikiの機能としては、パトロールや何人の人が見たということもわかる五段階評価のValidation機能がありますが、プロジェクトでは有効になっていませんね。さしあたりはノートを活用することになるのでしょうか。--Aphaia 2005年10月8日 (土) 03:34 (UTC)

倫理[編集]

  1. 倫理については、内容的には上に含まれるかとも思います。倫理全般としてとらえるなら、利用者:CraneBB/倫理に詳しく書かれているのですが、まずはウィキニュース:倫理規定をちゃんと翻訳しないとならないなと思っています。-- [Café] [Album] 2005年10月7日 (金) 04:30 (UTC)
ある意味漠然とした話と、上に書いたような細かい事柄が相補しあい、はじめて身のある話になるんだろうと思っています。その中で、ひとついまいえることがあるとすれば、いくつかある価値のなかで(ぎりぎりのところで)何が何に優越するのか、ということの見極めではないかと思います。速報性とか、情報量性とか。そして、そうしたことの総合が信頼性につながるのだと思うのですが、たぶん根幹に位置するのが、情報の信憑性だろうと思います。換言すると、確実に事実だとわかっていることだけを伝える、ということだろうと。出典の確からしさなどはこのために要求されるのだろうと思います。そしてっさんも触れている「迷った」とき、「自信がもてない」ときに、思い切って捨てることが勇気なのじゃないかと思います。それで記事は情報が減ってやや精彩を欠くかもしれませんが、素人が共同で作業するというウィキニュースというサイトのありかたとして「不確実だけどいろいろなことがある」という方向よりは「情報量は少ないかも知れないが、信頼できる」という方向を目指したほうが、かえってバランスがとれるのではないかとも思っています。少し脱線しましたが、こんなところで。--Aphaia 2005年10月7日 (金) 05:37 (UTC)
あいまいな情報の記事は書かない、もしどうしても書くならば伝聞として書く、というルールが必要でしょうね-- [Café] [Album] 2005年10月8日 (土) 03:01 (UTC)