訃報 小野田寛郎氏 - 比・ルバング島で30年抑留

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
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小野田寛郎さん(右。1944年。左は実弟の滋郎さん)(PD)

【2014年1月17日】

産経新聞によると、フィリピンルバング島に、太平洋戦争が続いていると信じて30年にわたり抑留された陸軍少尉だった小野田寛郎(おのだ・ひろお)氏が1月16日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。91歳。遺族らによると、小野田氏は1月6日ごろから体調を崩し、入院していたという。

読売新聞によると、小野田氏は1944年12月に情報員としてルバング島に派遣され、終戦後も引き続き同島のジャングルに身を隠し続けており、消息不明であった。しかし、現地で警察との銃撃戦が勃発したことにより、同氏の生存が明らかとなる。1974年3月に上官の説得で日本へ帰国したことにより、1972年にグァム島から帰還した横井庄一氏に次いで旧日本兵が帰還した事例となる。帰還後は実兄の住むブラジルへ移住し、1984年にキャンプ生活を通して青少年の育成に取り組む「自然塾」を開講。1989年には自らの私財を投じて財団法人を設立した。これらの功績により、2005年には藍綬褒章を受賞している。

スポーツニッポンの記事では小野田氏の周囲へ居た人達へ取材を行った。小野田氏および町枝さん(76)夫妻と同居していた町枝さんの妹・小貫和子さん(69)が語ったところによると、1月16日に小野田氏の容体が悪化した時も、同氏は周囲の呼びかけに対して「うん、うん。」と応じていた事を語り、同氏が「入院中も取材の予定を気にしていた。すぐに回復して家に戻るつもりだったのだろう」と入院していたときの様子を語った。一方で、小野田氏の出身地である海南市へ在住している親族の小野田典生(のりお)さん(63)は小野田氏の人柄について触れ、「最後に来たのは昨年5月。話をするのが好きで、いろいろなことを教えてもらった」と語り同氏を偲んだ。

情報源[編集]