訃報 フアン・アントニオ・サマランチ氏 - 国際オリンピック委員会前会長、五輪の商業化を推進

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
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【2010年4月23日】

サマランチ前会長(2000年シドニーオリンピック出席時、PD

国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ氏が4月21日午後1時25分(UTC+2)、心臓疾患のため出身地であるスペインバルセロナの病院で死去した。89歳だった[1][2][3]

サマランチ氏は1920年[2]バルセロナ生まれ[3][4]。1960年ローマオリンピックと1964年東京オリンピックスペイン選手団団長を務めた後[3]、1966年にIOC委員に就任[1][2][3]。1974年から1978年まで副会長を務め[2]、駐ソ連スペイン大使在任中の[1]1980年に第7代IOC会長に就任した[1][2][3][4]

会長就任当時のIOCは財政難に陥っており[3]、一時は存続も危ぶまれる状態であったが[2]、1984年のロサンゼルスオリンピックを機に[2][3]、テレビ放送権料やスポンサー料を中心として巨額の資金を集めるシステムを導入[1][2][3]五輪の商業化を進め[2][4]、IOCの財政基盤建て直しを果たした[1][3]。またバスケットボールテニスなどの[1]プロスポーツ選手に対しても五輪の門戸を開放した[1][2][4]

一方で、過剰な商業主義がIOCの腐敗体質を助長させたとされ、2002年ソルトレイクシティオリンピックの招致をめぐる買収疑惑が明らかになった際には、IOCの腐敗を招いたとして批判された[2][3]

IOC委員の定年規定引上げを行い[2][3]、2001年の退任[1][2][3][4]まで21年にわたりIOC会長に在任[2]。退任後も終身名誉会長として活動した[3][4]

近年は体調を不安視されており、4月18日に心臓疾患で入院[4]重体の状態が続いていた[2][4]

サマランチ氏の死去を受けて、現IOC会長のジャック・ロゲ氏は「現代の五輪を作り上げ、刺激を与えてくれた人物」との声明を発表した。また、日本オリンピック委員会会長の竹田恒和氏は「長野オリンピックの際には、立候補の段階から多大なご尽力を頂いた」とコメントした[3]

情報源[編集]

本ニュースは「共同通信」、「時事通信」および「朝日新聞」の以下の報道を情報源としている。

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 47NEWS 『サマランチ氏死去 前IOC会長』共同通信社、2010年4月21日。
  2. 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 2.13 2.14 時事ドットコム 『サマランチ前IOC会長死去=89歳-長期体制、商業五輪を推進』時事通信社、2010年4月21日。
  3. 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 3.11 3.12 3.13 asahi.com 『IOC前会長、サマランチ氏が死去 89歳』朝日新聞社、2010年4月21日。
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 4.5 4.6 4.7 47NEWS 『サマランチ前IOC会長が重体 心臓疾患で集中治療室』共同通信社、2010年4月21日。