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福岡県西方沖地震から1年、各地で行事

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)

【2006年3月20日】

(資料)地震直後の福岡市のビル。窓ガラスが割れて落下した。(GFDL)
余震の震源域と警固断層(図中のKego Fault)

3月20日、福岡県佐賀県で震度6弱を観測した2005年の福岡県西方沖地震から1年を迎えた。被害の大きかった福岡市西区の玄界島では、依然として島民のほとんどが仮設住宅での暮らしを続けており、住宅の再建はなかなか進んでいない。

読売新聞によると、玄界島では地震発生時刻の午前10時53分から約300人が参加して防災訓練が行われた。また朝日新聞によれば同時刻に福岡市では、消防車がそろってサイレンを鳴らした。

朝日新聞や毎日新聞によると、玄界島では500人近くが依然として島や九州本土の仮設住宅で生活している。住宅の復興は、今月16日からの被害が大きかった家屋の解体により本格的に始まったばかりで、再建される住宅は2007年から2008年にかけての完成が見込まれている。

読売新聞や毎日新聞によると、福岡市では市独自に、被災住宅の再建を支援する支援金や貸付金の給付という対策をとった。一方、同市で被災者の支援をしてきた職員への精神的影響が見られたことも調査により分かった。こうした職員らへの支援として、精神的な負担を軽減する策もとられた。

また地震後、同地震を発生させた断層と連続している警固断層の調査も行われ、以前の調査よりも活動周期が短い活発な断層であることが分かったと、西日本新聞や読売新聞は伝えている。

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