バンブーメモリー死亡 89、90年の最優秀スプリンター賞受賞馬

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
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【2014年8月7日】 ジャパンスタッドブックインターナショナルは、バンブーメモリー老衰で死亡したことを8月7日発表した。29歳だった[1]

同馬は父・モーニングフローリック、母・マドンナバンブー、母の父・モバリッズの血統で、1989年と90年のマイルチャンピオンシップで2年連続2着に敗れたが[2]、1989年に出走した時はオグリキャップとゴール前で熾烈な叩き合いを演じ、最後はオグリキャップにハナの差で差し返される名勝負を繰り広げた[3]

1989年には安田記念、1990年にはスプリンターズステークスに優勝するなど重賞4勝の実績を残し、1889年と1990年の「最優秀スプリンター賞」を受賞した。引退後は種牡馬となり、荒尾ダービー優勝のヨシノメモリーなどを送りだし、種牡馬を引退した後は北海道浦河郡バンブー牧場にて余生を送っていた[2]

武邦彦調教師は、「安田記念もスプリンターズステークスも、素晴らしい末脚を見せてくれました。悔しかったのはオグリキャップとの鼻差の勝負ですね」と回顧している[3]

情報源[編集]

  1. 『バンブーメモリーが死ぬ 89年安田記念を優勝』スポーツ報知、2014年8月7日。
  2. 2.0 2.1 『バンブーメモリーが死亡 現役時代オグリと名勝負』サンケイスポーツ(sanspo.comサンスポ予想王TV)、2014年8月7日。
  3. 3.0 3.1 『バンブーメモリー死す 29歳、老衰 G1・2勝の名スプリンター』スポーツニッポン(スポニチAnnex)、2014年8月8日。