ニコリッチ氏、セルビア急進党を離れ新党を結成へ

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
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【2008年9月12日】

ヨーロッパにおけるセルビアの位置

セルビア急進党の副党首として実質的に党を率いてきたトミスラヴ・ニコリッチ氏が、セルビア急進党を離れ、独自の会派を結成する [1] [2] [3] [4]。セルビア急進党の党首であるヴォイスラヴ・シェシェリは現在、ユーゴスラビア紛争中の戦争犯罪の嫌疑のために、旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷によってハーグにて拘束されている。ニコリッチ氏はハーグに拘束されているシェシェリ氏に代わって、2003年以降、実質的に党を率いてきた。

セルビアの右派政党セルビア急進党の副党首を辞したニコリッチ氏は、「古い急進党には私たちの未来はない」とし、独自の会派「前進せよ、セルビア」(Napred Srbijo [5] )を結成した。ニコリッチ氏の離党の発端となったのは、セルビアの欧州連合加盟交渉の前段階とされている安定化・連合協定(SAA)の議会での批准に、セルビア急進党は賛成すると表明したことによる。ニコリッチ氏は、SAAへの賛意表明について、事前に急進党の評議会に諮ることなく独断で決めている。これについて、セルビア急進党のゴルダナ・ポプ=ラジッチ(Gordana Pop-Lazić)氏は、「ニコリッチ氏は党評議会の同意が得られないと判断したために独断での賛意表明をしたのだろう。」と指摘し、ニコリッチ氏およびボジダル・デリッチ(Božidar Delić)氏を「裏切り者」と糾弾した[2]

ニコリッチ氏によると、ニコリッチ氏がSAAへの賛意を表明した後、ハーグからシェシェリ氏が、急進党はSAAに賛成しないように指示したとされる[1][3]。ニコリッチ氏の新会派は、今回のSAA批准の決議に賛成せず、これについてニコリッチ氏は「急進党による決定を待つべく、最後にもう1回だけシェシェリ氏からの命令に従った。」としている"[3][1]。セルビア急進党の副党首ドラガン・トドロヴィッチ(Dragan Todorović)氏は、ハーグにいるシェシェリ氏と電話会談をしたことを認めたものの、SAAに反対するようにシェシェリ氏から指示を受けたことについては否定している[1]

ニコリッチ氏は、「シェシェリ氏と個人的な確執はない」としつつも、党の設立以降18年間も変わっていない党の方針は、すでに時代にそぐわないものとなっていることを指摘し、セルビア公共放送(RTS)のインタビューに答えて「セルビア急進党は2つに分裂する。ひとつは、急進党は壁を乗り越えなければならないと考える人々であり、もうひとつは、今求められていること、今のセルビアに必要なことを理解せず、18年前に定められて以来変わっていない目的に今もなお向かおうとしている人々である。セルビア急進党にはその両者があったが、12日以降はシェシェリ氏に忠実な者のみとなる。」と話した[4]

ニコリッチ氏は、新会派「前進せよ、セルビア」を基盤とする独自の政党の設立に言及し、「新しい政党は、党名に『急進』(Radikal)の名を含む。」としたうえで、今後はセルビア民主党新セルビア(DSS-NS)政党連合と協力関係を結びたい意向を表明した[2][4]。ニコリッチ氏は、現在セルビアの与党となっている民主党G17(DS-G17)政党連合との協力については否定している[4]

出典[編集]

記事中および出典の日時はすべて中央ヨーロッパ夏時間である。

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 Southeast European Times 『Serb opposition leader quits party posts over SAA』Southeast European Times、2008年9月8日。
  2. 2.0 2.1 2.2 B92 『Nikolić wants DSS, NS cooperation』B92、2008年9月11日。
  3. 3.0 3.1 3.2 B92 『Disciplinary measures against SRS rebel faction』B92、2008年9月10日。
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 BETA News Agency 『A Different Radical Party as of Sept. 12, Says Nikolic』BETA News Agency、2008年9月12日。
  5. B92 『Šešelj ne shvata da život teče』B92、2008年9月12日。