2009年度日本野球殿堂に若松勉氏ら4人
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【2009年1月14日】
東京新聞によると、日本の野球界に貢献した選手・関係者を表彰する「野球殿堂」の2009年度の表彰委員会が1月13日(UTC+9)あり、表彰者に、元ヤクルトスワローズ選手・監督の若松勉氏(61歳)を初め4人が選ばれた。これにより殿堂入りを果たした選手らは168人となる。表彰は7月24日に札幌ドームであるオールスターゲーム第1戦の会場で行われる。
若松氏は競技者表彰のプレーヤー部門[1]での受賞。1978年の日本一を初め、ヤクルトスワローズの中心選手として活躍し、2度の首位打者と、日本人選手最高打率(4000打数以上)の0.319を記録した。道新スポーツによると、若松氏は北海道出身者としては史上初の殿堂入りとなり、北海高校野球部のOBからは「若松氏の殿堂入りはOBとして本当に名誉」(同高校OB会会長でアインファーマシーズ社長・大谷喜一氏)と若松氏をたたえた。
また、東京新聞によるとこの他に受賞を決めたのはいづれも故人の以下の3人。
- 青田昇氏(競技者表彰・エキスパート部門[2]) 巨人軍の主力打者として首位打者1回・ホームラン王5回など受賞。その後大洋ホエールズ(現・横浜ベイスターズ)監督、巨人軍ヘッドコーチを担当。
- 大社義規(おおこそ・よしのり)氏(特別表彰[3]) 食品メーカー・日本ハム株式会社創業者。1973年に当時の日拓ホームフライヤーズを買収して日本ハムファイターズを結成し、長年オーナーとして球団経営に情熱をささげた。
- 君島一郎氏(同上) 日本野球史を研究し、その歴史をまとめた著書「日本野球創世記」を発表。
日刊スポーツによると、青田氏は2008年から創設の競技者・エキスパートの部の受賞第1号で、1979年の巨人軍・伊東キャンプを企画。杉下茂氏は「あれで見違えるようなチームになった。選手への情熱はすごかった」と語る。また青田氏の夫人・満子さんは会見で「青田氏が健在なときに自身の手で(殿堂入りを)受け取って欲しかった」としながら「応援して下さった方がいたことに感謝します」と話した。
[編集] 注
(外部リンク「野球殿堂とは」参照)
- ↑ プロ野球選手経験者で、引退から5年以上20年未満の選手対象(但し、2008年からのエキスパートの部創設の経過処置のため、2009年は引退から25年未満の選手も含まれている)
- ↑ 監督・コーチなど指導者経験者で引退から半年以上経過しているか、並びにプレイヤーの部の選考対象期間を過ぎて選ばれなかった引退から20年以上経過した選手対象(但し上述のとおり、新設に伴う経過処置のため、2009年はプレイヤーの部選考期間で選ばれなかった選手は引退後25年以上経過した選手のみ)
- ↑ 野球界の発展に貢献した人物、及びアマチュア野球の選手・指導者などを経験して引退した選手で、選手は引退から5年以上、指導者などは半年以上経過している人物が対象
[編集] 出典
- TOKYO Webスポーツ 『若松氏 野球殿堂入り 青田、大社、君島 故人3氏も』。東京新聞、2009年1月14日朝刊。
- 『【道スポ】若松氏殿堂入り 母校北海で祝賀会検討 100年超える野球部の誇り ぜひ札幌でお祝いを!』。道新スポーツ、2009年1月14日10:09。
- nikkansports.com 『青田昇氏エキスパート部門初の殿堂入り』。日刊スポーツ、2009年1月14日紙面から。
[編集] 外部リンク
- 『平成21年 野球殿堂入り記者発表』。野球体育博物館、2009年1月14日閲覧。
- 『平成21年 野球殿堂入り決定!!』。野球体育博物館、2009年1月14日閲覧。 - 各受賞者の略歴など
- 『野球殿堂とは』。野球体育博物館、2009年1月14日閲覧。 - 概要と選出方法など
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