赤報隊事件の「実行犯」名乗る男性死亡

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【2010年5月25日】

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1987年5月3日に起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件で昨年「自分が実行犯だ」と名乗る手記を週刊新潮に載せた島村征憲氏(66)が、今年4月に北海道富良野市で遺体となって見つかっていたことが、18日わかった[1][2]

遺体は4月13日、同市内の資材置き場で発見された。死後3カ月以上経っており、道警DNAを鑑定、身元を確認した[3]。 島村氏は1月に北海道旭川市内のホテルで手首などを切り、同市内の病院に入院したが、行方がわからなくなっていた。「お父さんはもうだめだ」という遺書が見つかっており[2]、道警は自殺とみている[4]

島村氏は4回に渡り週刊新潮に手記を掲載し、阪神支局のほか、東京本社・名古屋本社寮銃撃、静岡支局爆破未遂の3事件も実行したと証言。それに対し朝日新聞は、検証記事で「客観的事実と異なる点が多数含まれ、真実性はない」と報道、週刊新潮も「手記は誤報」と認めていた[4][5]

情報源 [編集]

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