訃報 忌野清志郎氏

出典:『ウィキニュース』(ベータ版)

忌野清志郎さん(2003年)

【2009年5月3日】

読売新聞によると、日本ロックシンガーとして知られた忌野清志郎(いまわの・きよしろう 本名・栗原清志)氏が5月2日午前0:51(UTC+9ガンリンパ管症で東京都内病院で死去した。58歳。

読売新聞と毎日新聞によると、忌野氏は、1968年、RCサクセション結成当初からボーカルとして活躍。奇抜な衣装や「ベイベー!!愛し合っているかい!!」という台詞で人気を集めたほか、ロックやフォークブルースなど幅広い音楽ジャンルを織り交ぜた独特の音楽活動を展開した。代表曲として1970年のデビュー作「宝くじは買わない」をはじめ、1972年「ぼくの好きな先生」、1980年「雨上がりの夜空に」、1982年の坂本龍一氏との競作「い・け・な・いルージュマジック」など。

また毎日新聞によると、忌野氏は「音楽は時代の刺激剤」として、政治的なメッセージの歌も製作しそれが発売中止になるエピソードを持っていた。

読売新聞と毎日新聞によると、2006年に喉頭(こうとう)がんが見つかったため活動を一時停止したが、2008年から活動を再開。しかし、7月にそのがんが左腸骨に転移したため治療のため再び活動を停止していた。

朝日新聞によると、歌手・泉谷しげる氏は「俺は忌野氏が亡くなったことを受け入れません。彼は俺の青春そのもので、年下なのに師として仰いできた。忌野氏には一生勝てないし勝つ気もない。恩返しもしていないのに彼が勝手に逝くはずもない。だから冥福も祈らないし告別しない。俺だけは忌野氏の死去は認めない」とするコメントを残している。

[編集] 情報源


この記事は最後の査読を行っています
公開の準備が整ったら、{{査読中}}テンプレートを{{公開中}}に貼り直してください。
このページ