訃報 富樫洋一氏
出典:『ウィキニュース』(ベータ版)
【2006年2月13日】 2月8日の日刊スポーツ、及び2月11日の四国新聞によると、サッカー評論家として活躍した富樫洋一氏が、2月7日日本時間早朝、取材のため滞在中だったエジプト・アラブ共和国で急死した。54歳。
日本語版ウィキペディア、日刊スポーツによると、富樫氏は慶応大学卒業。書籍の編集者などを歴任後、1985年からサッカー評論家として独立。筆名を1990年代のイタリアサッカー代表チームで活躍した主力選手のジャンルカ・ビアリ選手と、スキラッチ選手のニックネームであるトトを絡ませた「ジャンルカ・トト・富樫」として海外サッカー、特にイタリアやアフリカのサッカーについての造詣を深めていた。
日刊スポーツと四国新聞によると、富樫氏は当時、エジプトで開かれていたアフリカ・ネーションズ杯(アフリカ大陸選手権大会)の取材に訪れていたが、就寝中、風邪をこじらせた影響からタンをのどに詰まらせて呼吸困難となり、医師が駆けつけたときには既に死亡していた。
スポーツ評論家の金子達仁氏は、スポーツニッポン新聞の連載コラムで、学生時代に草サッカー大会に出場した時に審判員として参加した富樫氏と出会い、「それだけサッカーに興味があるのならサッカー専門紙の入社試験を受けたらどうか」と推薦されたことをコメントしている。
出典
- 『富樫洋一』。ウィキペディア、2006年。
- 『富樫洋一氏死去/サッカージャーナリスト』。四国新聞、2006年2月11日。
- nikkansports.com 『ジャンルカ富樫氏がアフリカで急死』。日刊スポーツ、2006年2月8日。
- 金子達仁 『金子達仁の春夏シュート「絶対に忘れてはならない記憶」』。スポーツニッポン、2006年2月9日。